古城に立て篭もって泣き叫んでみるか?


悪夢というのは突然にやってくる。
 先だって見た悪夢は、俺の弁護士があのオデコだったことだ。余裕綽々で、笑みを浮かべる小僧の顔を見ていると腹が立って仕方ない。

「聞いてますか? 眉月さん。」
 問い掛けてくるのは、そのオデコ。王泥喜法介。
「ああ。」
「黙秘を続けるのは貴方の勝手ですけど、このままだとお金目当てで密輸入した挙げ句に、殺人にまで及んだ罪人で終わりますよ。」
「上等じゃねぇか。」
 どんな理由があろうと、真実なんか誰にも知らせてなんかやらねえ。大庵はそう思う。そこにどんなものがあろうとも、自分が周囲の人間を欺き、信頼を寄せてくれていたあの男を手酷く裏切った事に変わりない。
 それだけで、重罪だなどと感じる甘い自分に辟易した。
「お前如きの腕前で、どれ程罪状を軽く出来るか試してやるよ。」
 はっと鼻で嗤うと、オデコは眉間に皺を寄せた。計画殺人だ。衝動性の高い議案と比較すればその差は格段。

『ガリュウが暴いた罪だ。甘んじて受けてやるよ。』

 気障な台詞を胸中で吐いて、あいつの癖が移ったかと自嘲する。大きな溜息と共に、おデコが席を立った。
「仕方ありません。特別な交渉人に来て貰います。」
 看守に話し掛けると、扉が開いた。
すと面会室の硝子に近付く男を見て、大庵は息を飲む。
「ガリュウ。」
「久しいね、ダイアン。」
 にこと笑う貌は、事件の前と変わり無かった。全く、とでも言いそうに尖らした口で、困った様に隔てられた相棒を見つめる。
「おデコ君を困らしていると聞いてね。立ち会わせて貰う事にしたんだ。」
「お前も随分甘くなったもんだな。」
「甘いのは昔からさ。知ってるだろ? ダイアン。」
 指を鳴らす仕草も変わらない。違うのは触れあう程に近くにいたガリュウとの間に、隔たりがあることだけだ。
 おデコが座っていたパイプ椅子を横に退けて、ガリュウは壁に立てかけてあるパイプ椅子を広げると腰を落とす。机に両腕をのせて、ぐっと顔を近付けてくる。
「ダイアン。」
 ガリュウの目は、俺の事しかうつっていないんだと意識した途端、心臓がどくりと鳴った。
 チラと視線を送った弁護士は、不機嫌そうな顔でこっちを見ていて、鉄格子の中だと言うのに、優越感で脳が痺れそうになる。
「真実を伝えてくれよ。」
「罪状は認めたぜ。これ以上何処に真実があると言うつもりだ、ガリュウ。」
 大庵の言葉を受けて、響也の綺麗な瞳が揺れた。
「お前の心だよ、ダイアン。僕には、何も伝わっては来ない。」

 伝えてもいいのか? 胸の中にあるものを。

「教えて欲しい、僕に。」

  す べ て

 ガリュウの薄い唇が、声になることもなく形どった言葉に、大庵は陥落した。
「ガリュウ…わかったよ。その変わり、オデコは席を外させてくれ。お前にだけ話したい。」
 ぎょっと、おデコが目を剥く。それは予想範囲内だった。
 けれど…。
「ダイアン、それは…駄目だ。」
 ガリュウは頬を赤くしてそう告げると、左手の薬指を突き付ける。
 そこには、ガリュウが常に付けていたシルバーのアクセサリーではなく、イニシャルが刻まれた指輪が鎮座していた。

 H・O ……って、まさか…。王 泥 喜 法 介!

「彼とは離れられない。何故なら、おデコ君が僕の生涯の相棒だからさ。」
 高らかに宣言する綺麗な声。その横で、おデコ弁護士が鼻息も荒く「くらえ」を連発している。
 おい、ガリュウ。
 お前は確かに空気が読めないヤツだと思っていたが、此処まで常識を逸脱した人間だと思っていなかったぞ。殺人事件よりも、遙かに殺人的だろう、これは!?
 どんどんと遠い目になっていく自分を感じて、大庵は目頭が熱くなるのを感じた。
 感動してくれているんだね。なんてアホな台詞がガリュウの口から吐き出される。「わかった、ダイアン。僕たちを結びつけてくれた君がいる此処で、結婚式を挙げるよ。」
 
 なんじゃそりゃああああ!!!!!!!!!!!!!

 看守が駆けつけてくるほどの大音声で飛び起きた大庵は、リーゼントが跡形もない程の寝汗を拭い、恐怖に身体を震わせた。
「ゆ、ユメでヨカッタ。」
 呟く言葉は、何故かマキのようなカタカナだった。

 

「…今日は、面会拒絶だそうです。」
 受付で話しをしていた王泥喜が溜息を付きながら帰ってくる。公判も近いっていうのに全く困ったものですよ。と、額に指を押し当てて触覚を垂らした。
「謝絶じゃなくて、拒絶かい? 一体どうしたんだ。」
 王泥喜は響也に問われて顔を上げる。
「なんでも、鉄格子の中で立て篭もってて、今日は絶対面会には出ないって泣き叫んでいるそうです。」
「何を考えてるんだ、アイツは。いっそ精神鑑定でも申請してみたらどうだい、おデコくん。」
 響也は呆れた表情で溜息をついた。
「ああ、それ、いけるかもしれませんね。」
 真面目な表情で、申請書類を確認しだした王泥喜の横。ちらと留置場に視線を送り、響也はもう一度溜息を付いた。
「せっかく僕が逢いに来てやったって言うのに、つれないヤツだよ。」
「……俺はほっとしましたけど。」
 ボソリと呟く。
「え?何か言ったかい、おデコくん。」
「いいえ、何にも。」
 にっこりと笑った王泥喜の笑顔は、どことなく牙琉霧人の香りがした。



 先生仕込みの呪詛とか使えそうなおデコくん。真面目なお話だと思っていた方すいません。(いや、前回も真面目な話じゃなかっただろう・苦笑)


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